2009年度 活動履歴 - 仙田保育園大學

仙田保育園大學

仙田保育園大學01

日時
2009年7月26日〜8月2日
場所
新潟県 十日町市 中仙田地区

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009

大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009
『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2009』は今年で4回目を迎える国内最大級の地域型アートプロジェクトである。新潟県妻有地域の棚田にアート作品を置くことで、日本中のアートファンに里山を再発見させ、廃校や廃屋をアート作品に再生して新たに地域資源化したことで注目を集めた。近年盛んに開催されている「アートプロジェクト」の先駆けであり、アートと社会のつながりを考える上での成功事例として、他のアートプロジェクトの参考モデルとして取り上げられることも多い。

開催当初は海外有名作家による建築物や野外彫刻などの巨大なアート作品が多く、プロジェクトに参加する地元住民は少なかったが、回を重ねるごとに、地域や地元住民との関係性を意識した作品が増え、また住民の中には会期終了後も自主的に作品に関わる者も現れている。

克雪ダイナモアートプロジェクト

克雪ダイナモアートプロジェクト
今年3月に閉校・閉園となった妻有の十日町市中仙田にある旧仙田小学校と旧仙田保育園を舞台として、2009年に東京藝術大学が展開した廃校プロジェクト。旧仙田小学校では美術学部の作品展示、旧仙田保育園では音楽環境創造科と東京大学・大阪大学の研究室が公開セミナーや展示、ワークショップ、ライブを行った。

当初は地域の中に外部の他者が踏み込むことに懸念を示す住民もいて、必ずしも作品制作やリサーチがしやすい環境だったわけではないが、1ヶ月ほどの長期滞在で作品を制作した学生など、プロジェクトメンバーが実際に地域に入りプロジェクトに関わるきっかけを作るにつれて、理解を示し作品制作に協力してくれる住民も現れた。会期が近づくにつれて、地域に「外部」の者がいる違和感は薄れ、「仙田」に溶け込んだようにみえる瞬間もあった。

開校!仙田保育園大學(Senda Nursery University)

仙田保育園大學ロゴ

7月26日〜8月2日の8日間、旧仙田保育園で行ったプロジェクト。地元の人々との交流を通じて地域社会や人とアートのつながりを考える5つのプログラムと、作品展示、交流カフェの運営が行われ、会期中は芸術祭に訪れた観客のみならず、仙田の人々が保育園を訪れプログラムに参加してくれた。

「食と文化」体験実習では講師として、また「音楽映画 越後妻有→仙田」では出演者として、地域住民が主役となったプログラムがあったことは住民の参加を促した要因のひとつといえる。ここでは地元住民はアートを享受する「受け手」ではなく発信者として存在したため、自分たちの存在が必要不可欠であるという認識が生まれた。また、学生側が事前に何度も保育園や住民宅を訪問し、プロジェクトの参加を呼びかけたことが会期中の交流の素地となった。

仙田保育園大學校歌

交流のツールとして最も機能したのは、「仙田保育園大學校歌」である。我々の中では校歌がここまで機能するとは考えていなかったのだが、校歌の歌詞が「仙田」を歌ったもので、地名を連呼したためか、連日校歌のリクエストが絶えなかった。

保育園は学生たちの滞在中の生活拠点でもあり、畑でとれた野菜をいただくこともあった。日常空間を舞台とした「仙田保育園大學」は、住民にとっても学生にとっても、日常と非日常の境目のおもしろさを発見し、共有する希有な機会となった。

(文責:高橋麻衣)


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「音楽映画」ワークショップ (仙田保育園大學内企画)

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音楽映画とは(実演の映像も見られます)

「音楽映画」とは、作曲家・安野太郎氏が考案した新しいかたちの音楽である。あらかじめビデオカメラで特定の地域を撮影し、その画面に映った文字、物の名前、人の姿や動きを、パフォーマーが「言葉」として声に出すことを「演奏」と称し、言葉のみで音楽を作っていく。「音楽映画」では、普段私たちが「何を見ているのか」ということを考え、「視ること」の根源を探る。

パフォーマーは、映像を見て即座に言葉にする練習を積み重ね、音楽を作り上げていく。作曲家が撮影・編集した映像の画面上には上下左右に動くバー(読み取り棒)があり、演奏者はこのバーが通過する瞬間にその下の事物を発話しなければならない。映像とバーのリズムが曲を構成し、上演はライブ形式でおこなわれる。

音楽映画解説映像

これまでの音楽映画

  • 音楽映画第一番『山手線』(2006)
  • 音楽映画第二番『三宅島』(2007)
  • 音楽映画第三番『名古屋』(2007)
  • 音楽映画第四番『横 浜』(2008)
  • 音楽映画第五番『大 垣』(2008)
  • 音楽映画第六番『寿 町』(2009)
  • 音楽映画第七番『リオ・デ・ジャネイロ』(2009)
  • 音楽映画第九番(2009)

プロフィール

安野太郎(作曲家)
1979年東京生まれ、ブラジル人と日本人のハーフ。
12歳から音楽に目覚め、15歳からその道を志す。東京音楽大学作曲科卒業。岐阜県立情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修了。国内外での作品発表歴多数。代表作に人間が世界をどのようにして見ているかに注目した『音楽映画』シリーズ、吹奏楽器の指使いに全く新しい考え方で挑んだビット運指法による一連の作品、等。

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ワークショップ概要

参加者
地元協力者 5名
仙田保育園大學参加学生 4名
ワークショップ日程
1日目 7月27日(月)14:00〜、19:00〜
2日目 7月29日(水)19:00〜
3日目 7月30日(木)19:00〜
4日目 7月31日(金)19:00〜
実施状況
実施日 2009年8月1日(土) 【鑑賞無料・予約不要】
時間  第1回 14:00〜 ・ 第2回 17:00〜
場所  新潟県十日町市中仙田甲 旧仙田保育園
出演  地元協力者5名、学生4名
映像編集・指導 安野太郎(作曲家)
企画制作
下西 奏、高橋麻衣、畑まりあ(東京藝術大学 音楽学部 音楽環境創造科)

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音楽映画 第八番『越後妻有→仙田』ワークショップ

経緯
−なぜ「音楽映画」ワークショップでなければならなかったのか−

「開校!仙田保育園大學」においては、作品展示やセミナーだけでなく住民参加型のプログラムの必要性を感じた。特定の地域の日常風景を映像で「楽譜」とする安野氏の「音楽映画」の手法は、仙田を舞台とした作品を制作し、さらに仙田の人々に関わってもらうには最適なため、安野氏に企画を依頼。「音楽映画」としては初の市民参加型のワークショップ形式を試みることとなった。

地元住民にワークショップに参加してもらい、練習から上演までのプロセスを共有することは、鑑賞という枠組みを超え、実体験として作品に関わってもらうことである。このプロセスにおいて地元の人の視点を知ることができ、双方向のコミュニケーションが可能になった。

ワークショップ分析
−内部者は全体を、外部者は詳細を視る−

ワークショップを通して「見ているもの」を「言葉にする」という練習をしていく。

「開校!仙田保育園大學」参加学生である“他の地域から訪れている人=外部の人”が、ワークショップに参加することによって、地元の人が普段目にしているモノを言葉にしたときと、外部の人が初めて目にするモノを言葉にしたときの差異を両者が感じ、実際に体験していくことを試みる。地元の人ならではの視点、また外部の人ならではの視点というものを探り、場を共有していく。

内部者と外部者の視点の違いは、最初は固有名詞や仙田特有のモノの名前などを言葉にする時に現れていたが、ワークショップを重ねるごとに外部者も仙田特有のモノの名前を習得していき、だんだんと視点の違いによる言葉の差はなくなっていった。しかし、「人とのつながり」に関連する言葉(例えば「家」や「人の名前」など)に関しては、地元のお年寄りが画面に出てくる場面では、地元の人は「○○さん」「○○のおじいさん」と言うが、外部者はあくまでも「おじいさん」という呼び方を貫き通すなど、練習を重ねても外部者が影響を与えられることはなかった。

また、事前には、地元の人はいつも見ている風景に次々と言葉が出てくるのではないかと予想された。しかし逆に、「どかん」「石仏」「トタン」「道案内版」「お地蔵様」など仙田らしい事物が画面内に大きく映されている場面ではすぐに言葉が出てきていたが、いつも見ている風景が比較的広い範囲で映っている場面になると、細部を把握することができず、すぐ言葉に出てこない傾向が見受けられた。

これは、内部者はそこに映っているモノとモノをその関係性において感受しているため、事物はつながったかたちで見え、ひとつひとつを切り離した個別の存在として見ることができないからではないだろうか。そのため全体を大きく見てしまい、個々のモノに目がいかない。しかし外部者はその「モノとモノの関係性」を知らず、体感もしていないため、記号的に見え、個々のものを詳細に口述することができるのではないだろうか。

  • 音楽映画ワークショップ(練習風景)01
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音楽映画ワークショップ(練習風景)

ワークショップ・上演を終えて
−音楽映画のワークショップとしての絶妙さ−

音楽映画ワークショップ本番01

参加者が映像を言葉にしていく際、発する言葉の内容やタイミングはほとんど自由であるが、言葉の量のバランスやここぞという時のタイミングなど、音楽的な効果が安野氏によって指導された。また安野氏は、言葉がうまくでないときに、モノを見る新たな視点を与えていた。

初日の練習の後に実施したアンケートを見ると、地元参加者の意見・感想のなかには「色=苦肉の策」で、言葉がすぐに出てこないときは、「とりあえず色を言っとけってなってた」という記述が見られる。また、面白かった点として「自分の発する言葉、対象に対して与える言葉が意識させられたこと」という感想や、新鮮だった点として「自分の発するボキャブラリーの少なさから、普段自分は視覚で認知する対象に対して、あまり意識してはっきりとした言葉をあてていないということが、新しい発見でした」というものがあった。事後のヒアリングでは「これまでの音楽の固定観念について考えさせられた」というものがあり、音楽映画は視ることの根源についての問題意識を喚起していたことが伺える。

音楽映画ワークショップ本番02

このワークショップは、住民参加型のプログラムにありがちな、こちら側が指示を出して指示通りに動いてもらうというようなものではなく、こちら側が「材料」を用意して「メニュー」や「味付け」はおまかせというスタイルである。映像自体も上下左右に動くバー(読み取り棒)があること以外は何も加工されていない、仙田の風景そのものである。

安野氏が切り取った「仙田」を、地元の人が読み解いていくという、この「おまかせ感」ゆえに、地元の人は積極的に音楽映画に関ることとなったように思われる。また、映像自体は仙田という見なれた場所で、その半面、その映像から言葉を発していくというのは慣れない行為であり、しかしルールはいたって単純ということで、「知らないこと・知っていること」「簡単なこと・簡単ではないこと」のバランスの妙が、人々にとって新鮮だったのではないだろうか。

音楽映画ワークショップ本番03

このバランスの妙は、地域の人だけでなく、参加学生や音楽映画という作品そのものにも何らかの作用を及ぼした。地元の人のその状況が、この土地を知らずとも、仙田に身を置いていた我々にも、多少当てはまっていたのであろう。

また、安野氏はバーの色ごとに内部者と外部者のペアを組ませた。つまり、ある色のバーが動くとそのペアが同時に発話せねばならないのである。毎日数時間の音楽映画の練習を通して、地元参加者と学生が同じ経験をすることで一体感が生まれ、練習中もペアになって言葉を発し、言葉がうまく出てこないところではお互い補完し合うなどの姿勢も見られた。出演者には企画者もいたので、ただ話をしたりするだけではなく、このように何か特別な作業を一緒にこなしていくという経験が、ただの「依頼者/協力者」や「外部者/内部者」の共犯関係が否応なく生み出される仕組みであった。

音楽映画ワークショップ本番04

最長20日間仙田に滞在した学生がいたこともあり、ワークショップ前後の保育園での交流の時間を通して、このような関係構築が徐々に「開校!仙田保育園大學」参加者(計20名程度)全体にも見られるようになった。市民参加型のプロジェクトを行う場合、企画側と地元の人の関係構築においては、いかにこの共犯関係を生み出していくかが重要となるが、音楽映画は端的にこの共犯関係の仕組みをなしていたと言えよう。

(文責:下西 奏)

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